2020年12月31日

2020年、新型コロナで感じたこと。

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2020年は新型コロナに翻弄された1年だった。刻一刻と変わる状況に、どう発信したら良いかを迷い、書いた文章をボツにした日々。大みそかに1,337人の新規感染者。来年がどうなるのかが本当に心配だ。改めて自分への戒めのためにも、12月の体調不良で、新型コロナ感染を心配したときのことを書き止めておく。

12/17㈭の朝から軽い頭痛と鼻水、36.8度の微熱があり、とても重だるかった。念のため仕事を休み様子見ていたが、夕方には37.0度になり、夜には38.0度になった。持病はいくつもあり、やはり新型コロナなったらと思うと、不安でたまらない。心配で救急車も呼んだが、コロナの検査をしてくれるところはなかった。
翌朝、透析日だったので、事前に連絡して、抗原検査と唾液のPCR検査とを受け、CT画像診断をした。画像に異常はなく、間もなく抗原検査は陰性と出た。
一安心はしたが、微熱状態は続いていて、最悪のことを考えてしまう。初日より体調は良くなったが、微熱が続く状態が、コロナならありうると思ったりもした。結局、12/19㈯の夕方に、PCR陰性の結果が届き、少しホッとした。
しかし無症状の人もいと聞くし、感染初期は抗原検査とPCRでは感染を見逃しているかもしれない。まだ微熱は続いていて、痰も絡んだりもする。感染6日目から悪くなる人がいるとか、急激に進行するとか聞いているので、また不安が残っていた。感染不安になる人の気持ちがわかった。

HIV/エイズが世の中に出てきた頃の恐怖体験を思い出した。海外ではあったが多くの人たちが亡くなって行く情報に、ただただ恐怖を覚えていた。次第に日本でも死亡例が発表された。感染経路もわからず治療薬もない時代だった。まさに今のコロナと同じだ。
今回自分の身に原因不明の症状が現れたとき、一番死に近い病気に置き換えてしまった。悪い癖だ。未知の感染症の怖さはここにある。そう自分の心にあるのだ。
たまたま付けたテレビで旭川厚生病院のクラスターのルポを見た。現場では介護が必要な人たちがコロナに感染し、病院のスタッフの手厚い看護を受けていた。そして看護師たちが差別・偏見を受けたり、家族にうつさないように苦労していたり、勿論外出も制限していた。またクラスターが起こると自分が感染させてしまったかもしれない。誰かが亡くなれば、気持ちはもっと辛いと言いながら、インタビューを受けていた人が嗚咽していた。過酷な状況で、命を守ってくれようとしている。Go To利用なんてありえない。使って旅行した自分を恥じた。

11月22日に、LGBT関係のパーティで名刺交換しただけの政治家から、クリスマスパーティの案内がメールで届いた。その時の僕ですら、これはないだろうと思った。政治家はもう少しコロナのことを真剣に考えて欲しい。首相もしかりである。

今はとにかく自分の感染を最大限に防ぐしかできない。もしも感染したら僕の命は続かないかもしれない。だから絶対に感染したくない。でもどんなに注意していても感染するときは感染する。最前線で頑張ってくれている医療従事者の方々のことを、もう少し考えようと思う。生活を制限しても、命を守ってくれようとしてくれているのだから。2021年を良い年にするために。


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2020年02月19日

「それぞれの痛み」〜プリズン・サークルを観て200218

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坂上監督の「プリズン・サークル」は、島根あさひ社会復帰促進センターに初めてカメラが入った、とても貴重なドキュメンタリーだ。刑務所の中は、多くの場合、クローゼットの空間になっていて、様々な問題が潜んでいるのだろうと思う。

4人の受刑者にスポットが当てられているが、加害者の心の中にある苦しみや辛さや悲しみが、僕の心の中にある感情、特に過去の辛い思い出と重なり、見ていて苦しくなった。それは僕がいじめに遭ったり、信頼できる人が1人もいなくなり、孤独を感じていた時の感情に重なるものだった。

今たまたま塀の外にいるのだが、僕が塀の中にいる可能性もあったのだと思う。
ロールプレイングの中で、話される内容は、心がキリキリしたり、ヒリヒリした。仮想の被害者たちから浴びさせられる質問は、しているひとも、されている人も、心が痛いだろうなと思う。正直、加害者になった瞬間の気持ちを問われても、答えられないのではないかとも思う。犯罪の瞬間は、そうしないと自分が生きていけなかったと思い込むほど、追い詰められていたのだろう。それが犯罪を犯すということなのかもしれない。

しかし人を傷つけたり、殺めたりすることは許されることではない。それはそうなんだけれど、被害者も加害者も、どこでどういう形で許すのか。それはとても悩ましいことである。被害者と加害者になった瞬間から、そのことをずっと抱えて生きることになるのだと思う。

「トークバック」がそうであったように、何度も見る度に見え方が変わり、心に響いてくるような映画だと思う。

30代の頃、「ブレイクスルー・テクノロジー」という自己探求のセミナーに参加した。その中で行われた対話で、僕はゲイであることを受け入れることができたし、自分の人生の見つめ方も変わった。その対話はとても深く、人生観をガラッと変えるものだったが、その時の感情と同じような心の揺さぶられ方だった。
そのプログラムをアメリカの刑務所でもしたという話があった。凶悪な犯罪者たちの心の皮を剥いていくと、すごく固く閉ざされた、心の真ん中から出て来るものは、「愛されたかった」とか「お母さん、愛しているよ」などの言葉だと聞いた。

人は一人では生きていけないのだと思う。だからつながりが大切で、愛されることや認められることが大切だ。苦しくなったときに、相談できる人がいるかいないかで、また相談した相手が、心の叫びに耳を傾けてくれるか否かで、その人の人生は大きく違うのだと思う。

日本でも裁判員制度が導入されて、被害者の感情はクローズアップされた。でも加害者の感情を読みとかないと、犯罪は見えてこないし、これから社会がどうしたら良いのかも見えてこないのだと思う。裁判で見えてくるそれは、十分ではないように思う。そういう意味ではまだまだやることはあるのではないか。
この映画が、そのことを問いかけているように感じた。

2020年01月28日

さあ今年も頑張るぞ。

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伊豆は早くも梅がほころんでいました。(元旦)

新年の挨拶が大変遅くなりました。今年もよろしくお願いします。
大晦日から1泊2日で、恒例の伊豆高原に行ってきました。紅白歌合戦の後半の演出には心をうたれました。レインボーフラッグが国民的な番組で堂々と映される日が来たのですね。同性婚訴訟の中で、国側の弁護団は「想定していない」を繰り返していますが、時代の変化は止められないと思います。今年も頑張って、裁判に力を注ぎたいと思います。東京の第4回期日は2/3㈪に迫りました。
初日の出は残念ながら、雲の中。明るくなって行く空に向けて、今年の健康と平和を祈ってきました。ニュースでは平和という言葉が霞むような事件が起きていますが。

新年の友人たちのSNSを見て、新しい時代になっていくと感じたのは、何人ものセクシュアル・マイノリティの方が、家族や義理の家族にカミングアウトをしたり、幸せな時間を過ごしていることでした。着実に変化のうねりは始まっていますね。
そして1/12、よしのお母様の納骨に行き、義姉と義兄にはじめてお目にかかりました。そして一緒に墓前に。よしの話では、お兄さまから「あの人は誰だ?」と尋ねられたとのこと。思い切って「パートナーだよ」と答えたそう。お兄さまさから「そうか」との返事があったらしいです。こちらも緊張して、助手席のお兄さまに色々とお話することはできなかったけれど、納骨に向かう車中、僕の運転で、助手席にお母様とお兄様に座っていただいたことは、僕らが新たな一歩を踏み出せた瞬間でした。
お母様には最後までふたりの関係を伝えられなかった悔しさが残ります。同性婚が認められても、反対の人はなくならないと思います。それでも今よりは言いやすくなるのは確実です。今年も応援をよろしくお願いします。

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左から。今年の初日の出/フラワーガーデン/城崎海岸/伊豆高原プリン*これはめちゃ旨でした。

posted by いく at 02:21| Comment(0) | ぷらっといく。…日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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