2019年02月24日

190223「同性婚の原告になった思い」

IMG_20190215_150129_822.jpg
[アフターパーティでスピーチしている画像]

2019年、平成最後のバレンタインデーに、「同性婚が認められないのは違憲である」という訴訟の原告となって、訴状を提出してきた。原告になった思いを書いた。

男性に興味がある、その姿にドキドキする…と思い始めたのは、中学生の頃。あの当時は、インターネットもなく、テレビやラジオ、本や雑誌から情報を得る時代。学校では、勿論同性愛のことなど、教えてくれなかった。
僕の心の底から沸き上がる男性への不思議な気持ち、でもそれは間違いだ、いけないことだと思っていた。周りから聞こえてくるのは、「オカマ」とか「ヘンタイ」という言葉だけ。高校生になっても、大学に入っても、自分が男性を好きだったことは、肯定できずに、ひた隠しにしていた。結果として、昼の顔と夜の顔に僕自身が分離されていったのだ。
30代になって、出会ったbreakthroughテクノロジーという自己探究のセミナーに参加して、やっとゲイとして生きることを見つけることができた。200人もの人の前で、自分はゲイだとシェアしたら、拍手で讃えてくれたのだ。本当に嬉しかった。

原告になった理由のひとつは、僕が若い頃に感じたような気持ちを持たなくて良い社会、どんなセクシュアリティでも明るい未来を描ける時代にしたい。若い世代のセクシュアルマイノリティの人たちが悩み、自死を選ぶことがないようにしたい、という思いからだ。
もう一つは、僕はHIVとともに生きている。糖尿病もあるし、人工透析もしている。感染症などにとても弱い存在。HIVは薬が良くなって長生きできる時代になったけれど、3月で還暦を迎える。人生の終わりが近くなって来ていると感じている。勿論、できるだけ長く生きられるように頑張っていくが、天国に旅立つ時に、パートナーに手を握られて逝きたい。考えたくはないが、もしもパートナーが先に逝くことがあれば、その時最期に手を握っているのは僕でありたい。そんな思いからだ。
病院は、本人の意識が無くなったら、血縁の家族や親族を探すだろう。パートナーのことを周りに話していない場合は、死に目にも会えないかもしれない。愛する人のこの世の最期に一緒に入れないなんて、悲しい。また僕らの場合は、マンションの名義がパートナーになっているので、住み家を失うかもしれない。同性同士でもそういうことがない社会にしたいと思ったからだ。
ふたりは男同士という以外、男女の夫婦と変わらない時間を共有している。一緒に食事をして、隣で寝て、病気になったら看病し、一緒に音楽を聞いたり、映画やドラマを観る。時には旅行に出かける。そんな毎日。一年一年、一つずつ歳を重ねている。

最後に記者会見で話したスピーチを紹介したい。パートナーのよしの文は、僕が代読した。
「原告のよしです。顔出ししないで、原告になっていますが、本当はパートナーと一緒に、いつも通りに並んでいたいのですが、それができないのが現状です。でもこの裁判で勝って、最後には顔を出して、笑って終わりたいと思います。」
「隣にいるはずの僕のパートナーが記者会見にはいません。会社や家族にカミングアウトしていないからです。僕も30代くらいまでゲイであることを、隠して生きていました。ゲイであることはおかしいこと、いけないことと思って、ずっと生きていたのです。学校や会社では本当の自分のことを話せなくて、苦しかった。生きていく上で「居場所」がなくなること、「つながり」が失われることが、一番きついです。今はオープンにして生きていますが、あの時と同じような気持ちを、若い世代の人たちに感じて欲しくない。そう思って、原告になりました。
僕はHIVに感染しています。服薬をすることで長生きができる時代になりましたが、それでも「死」が近くにあると感じながら生きています。僕が天国に逝く時、最期のお別れを最愛の人と手を繋いで迎えたい。臨終の場には家族しか入れないので、その願いは今のままでは、叶えられないかもしれません。ぜひ応援してください。佐藤郁夫」
posted by いく at 04:51| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

かずえちゃん

hqdefault.jpg

ユーチューバ―のかずえちゃんをご存知ですか?
友人から紹介されて、取材を受けました。
YouTubeに動画がアップされたので、ぜひご覧ください。
タイトルは「僕の彼氏はHIVです」https://www.youtube.com/watch?v=WIKzxn9x1jE&t=367s
最初見たとき、ちょっとドキッとしました。
けれど注目を集めるためには、このような言葉選びが大切なのだな、とも思いました。

かずえちゃんは、とても聡明な方でした。あの動画、一発撮りなんですよ。
事前の打ち合わせで、まとめてくるあたり、ただものじゃありません。
本当にありがとうございました。

ところで、HIVは気づかずにいると、今でも怖い病気です。
命を落とすことがあるし、障害が残ることもあります。
HIVが怖いって思って、ただただ検査を逃げていた僕。
体調が悪くなって、やっと向き合いました。
もう少し遅れていたら、僕の命は続いていませんでした。

検査を受けること、自分の行動と向き合うことは、とても辛いことですが、
今は、治療ができる時代になりました。
サポートもたくさんあります。ぜひ勇気を出してみてください。

陽性とわかったり、検査を受けたらHIV感染の可能性があると言われたら、
まずは「ぷれいす東京」にご連絡くださいね。
posted by いく at 02:24| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

最愛の人と生きるということ。

DSC_0330.JPG

20年以上連れ添うということは、パートナーというだけでなく、父母やきょうだい、子供たちと同じ、家族なのだと思う。その家族が引き裂かれることを考えて欲しい。
引き裂かれたら、絶望、悲しみ、怒り、やるせなさを感じるだろうし、生きる気力さえ失うかもしれない。
セクシュアリティだけでも、周囲に説明しづらい。さらにHIVを持って生きていると、さらに説明しづらくなる。まして自分の心をさらけ出して、相談できる相手は限られてくる。
だからこそ20年以上続いているパートナーシップは尊いもの。ずっとふたりを一緒にいさせて欲しいと願っている。
僕はHIVを持ってから、パートナーを見つけるのに、とても苦労した経験がある。出会った後、病気のことを伝える場面が必ず来る。HIVであると伝えた結果、50人以上の人に断られた。それくらい今でもHIV/エイズへの不安や恐怖が残っている。
病気のことを理解して一緒にいる人は、HIV陽性者にとってかけがえのない存在。

沖縄出身の歌手・普天間かおりさんの歌に「掴めないもの」がある。普天間さんの言葉「おじいの最期時、おばあが病院に到着を待っていたかのように、手を握りながら息を引き取った」その時感じたことを歌詞に込めたそうだ。最愛の人と最期の場面は一緒にいたい。それは男女であっても、同性であっても同じなのではないかと思う。

掴めないもの
作詞:普天間かおり 作曲:普天間かおり

もしも私が終わるその時
愛する人が手を握ってくれたらいい

この手の中に掴めるものは
確かなものなどないのかもしれない
かき集めた宝物 
数え終われば ただそれだけのこと

もしも私が終わるその時
愛する人が手を握ってくれたらいい
少しだけ泣いてくれたら それでいい

この目の中に映っているものは
変わらぬものなどないのかもしれない
まるでここは無常の世界
けれど 決して嘆くこともない

もしもあなたが終わるその時
あなたを想う人がいればいい
もう一度会いたいと言ってくれたらいい

生きた証など計れるものじゃない
心の中まで 計れるはずもない
何が残るの? 何を残したい?

もしも私が終わるその前に
愛する人の笑顔を 喜びを
できるだけたくさん見られたら それでいい

この手の中に掴めぬものこそ
確かなものだと言えるのかもしれない
この目の中に映らぬものこそ
大事なものだと言えるのかもしれない

普天間かおり「掴めないもの」はこちら。
posted by いく at 02:40| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする