2014年09月05日

ゲイバーの扉

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先週末、研修のため盛岡に行った。
少しでも旅気分を味わおうと前日入り。
美味しいものを食べても、感動するものを見ても、
ひとりでは分かち合えない。

夕飯を遅めに食べて、どうしようか迷った。
明日のために英気を養うべきか、それとも久しぶりを満喫するか。
しかしゲイバーに足を延ばした。
1件目、わかりづらい場所で、その界隈を2周してしまう。
どうやら明かりはついていない。休みなのかもしれない。
ネットで見つけたもう一つの店に向かう。

初めて訪れるゲイバーの扉をひとりで開けるのは、どれくらいしてなかったのだろう。
20年以上たっているのかもしれない。
扉が重たく感じる。そして妙にドキドキする。
恋を探しに来たのではないけれど、
それでもどんなお店だろう?とか、
どんな人たちがいるのだろう?とか、考える。
それともう一つカミングアウトをどうするか。
言う義務も必要もないのだけれど、
言わないと何となく後ろめたさを感じてしまう。

同年代のマスターだった。気さくに話しかけてきたが、
すぐに左手の指輪を見つけられる。
12年目になることを伝えると、隣のお客さんを紹介されて、
最近の恋人事情をあれこれ話すことになる。
僕より25歳も若いけれど、一緒に暮らしていても、
問題は家庭内の擦れ違い。
こっちの世界でよくある浮気話とは違うのだけれど、
生活のリズムが違うってことは、少し厄介だ。
どう対応したら良いのかは、難しい。
でもお互いによく話し合うことが必要だと伝えた。
その先どうするかは、ふたりの考え次第だから…。

いつしかいつものお店にいるような感覚になっていた。
若い頃は、こんなとき全てにおいて色恋だった。
もう昔のことで、レモンのような甘酸っぱさも薄らいでいるが、
こうして行動してみると懐かしさを感じる。

差し入れを分けてもらったりして、
楽しい時間を過ごした。
長い夜になったが、明日のことを考えてお店を後にした。
結局、カミングアウトはしなかった。
ただのおじさんであることが、しっくりとした。
posted by いく at 03:25| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

カミングアウト

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悩み事を聞いてもらうために、友人宅に遊びに行った。
他愛もない話もいっぱいしたが、主に人間関係の話。
話しているうちに、相手よりも僕自身の問題がクローズアップされた。
やはり感情を扱うのは難しい。

学生時代、就職に迷った時、僕はこう考えた。
大好きなことを仕事にして、苦しんでしまうのは、したくない。
あくまでも趣味に残しておいて、楽しむ心を忘れないでいたい…と。
でもその答えが良かったのかは、55歳を過ぎてもわからない。
好きなことで苦しむ方が、僕は性分に合っていたのかも…と思う。

本当はしたくない仕事でも、対価をもらっているからする。
十分な対価が得られれば、たぶん問題はない。
十分な対価が得られないとしても、環境が働きやすく、
自分のしたい事だったら耐えられる。
「人が離職を決めるのは、2つ以上の条件が合わない時」そう聞いた。
アルコールなしで、そんなことを話し合っていた。

相方が来るころには、近所の洒落たお店に移って、
3人で軽く飲みながら(車だから僕はソフトのみ…)、
楽しい時間を過ごした。高級住宅街の一角。
昼間、夏の暑苦しさがあんなにあったのに、夕方は涼しい風がそよいでいた。
オープンカフェで過ごす時間は、リゾートのそれのようで、
とても至福な時間に感じた。IMG_0008 (2).JPG
途中で来店した中年の夫婦と犬。
かまっているうちに、あれこれと会話になる。
「みなさんはどういうご関係ですか?」
「ご結婚はされていますか?」
「犬はお好きですか?飼えばいいのに…」
良くあるありきたりの風景である。
セクシュアリティなど、話してしまっても大丈夫な気はしたが、
僕らの地元ではなく、友人の地元。
受け入れられるとは限らないから、
友人が今後どこかで会ってしまうことを考えると、
本当のことを口ごもった。

帰り道、友人とそのことを話す。
同じことを考えていた。
カミングアウトは難しい。相手、環境、仲間のこと…。
全ての要素がまとまらないと、簡単にはできない。
地元でふたりきりだったら、たぶんカミングアウトしていた。
カミングアウトではなく、自然体で話せる日本にしたい。
posted by いく at 03:28| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

献血からのHIV感染が起きた問題

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献血からの血液で、HIV感染が起こってしまったとの報道。
検査をしている専門家なら、そのリスクがあることは当然わかっている。
ウィルスに感染してから、血中に溢れ出すまでに一定の時間がかかるため、
ウィンドウピリオドという時期があり、今の検査ではわからない時期がある。
またその検査は、ウィンドウピリオドを満たしていても、
ごく少量のウィルスは測れないのである。
日赤は精度を20倍に高めると言っているが、
ウィンドウピリオドがなくなるわけでも、
限界値がなくなるわけでもないのだから、コストが増すだけなのだ。
コストをかけても、すり抜けはまたいつか起こってしまう。
技術的に無理なことを無理じゃないと言って、「安全だ」と言いたがる。
逆にどうしても避けられないリスクを正確に示さない。
原発の問題で、安全神話を作り、危険な情報が出ていても、
国民に知らせなかったことに似ている。
たぶん多くの国民は、パニックを起こさないのに、
国民に判断力がないと、国や行政に思われている。

マスコミの情報の流し方も気に入らない。
同性間接触をしていたことを言わずに、嘘をついたことで感染が起こったように、
個人に責任をなすりつけているように見える。
そもそも問診の時に、どうして「同性間」「異性間」が必要なのだろう。
確かに日本では、同性間での性的接触で感染が広まっている。
しかし異性間でも感染する感染症である。
問診時に必要なのは、同性間接触や不特定多数の接触を聞くのでなく、
オーラルセックスを含めた性接触で、正確に予防ができたかどうかの確認である。

もうひとつの疑問は、感染がわかった方のウィルスのタイプまで一致したのだろうか?
その方は、輸血以外のルートからの感染はありえない人なのだろうか?
50代以降で発症がわかる人が増えているという報告が出たばかり。
もしかすると今見えているルートで、感染したのではないかもしれない。

「献血」は安全に正しく運営管理しているが、
利用者が嘘をついたから、すり抜けが起こったという文面。
それでは何故2月の時点の血液でのHIV感染を見逃したのか?
10月の血液は、感染がわかって使わなかったと書いてある。
遡って2月の血液を調べたら、感染がわかったわけで…技術的に無理だったのである。
日赤は以下のように言うべきだったと、僕は考える。
「献血の血液から、すり抜けが起こり、新たな感染を起こしてしまったことは、申し訳なく思ってます。
しかし検査に限界があり、できる限りすり抜けが起こらないように、検査の充実を図ってまいりますが、
HIVだけでなく、血液で感染する感染症の疑いがある方は、献血はお控えいただきますよう、お願いいた
します。その場でお話しできない場合は、コールバック制度で血液を破棄できますので、ご利用ください」
そしてマスコミが、盛んに報道すべきなのは、
HIVは早期発見すれば、治療ができ、寿命を全うできるという正しい情報の提供。
それが過去にエイズ・パニックを引き起こした責任だと僕は思う。
posted by いく at 03:34| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする