2017年04月30日

ぷらっといく。青森レインボーパレード

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2017年4月23日、
4回目を迎える青森レインボーパレードを応援するために僕は青森にいた。
お昼頃、パラッと雨が落ちてきたので、心配したが、気持ちのいい天気だった。
パレードを始めたのは、友人カップル。DSC_0283.JPG
最初の年は、3人で歩いた。地元の風が冷たかったと聞いている。
2年目が24人、昨年は45人。そして今年は101人だった。

駅前に着いたとき、思っていたよりも大勢の人がいて、レインボーの旗が風に揺れていた。
1時間のセレモニー、青森にゆかりの人たちや、パレードを支えている人たちのスピーチが続く。
生島代表との「いくいくコンビ」が急に呼ばれて、前に立つ。
ここにもHIV陽性者はいる。いつかその人たちが住みやすい街になるように声を上げた。

東京のパレードとの違いは、人数だけではない。
ビートの効いた音楽が、大音量で流れているだけで、街は盛り上がっていない。
歩いていて、ヒシヒシと感じる冷たい空気感。
多くの人たちは窓枠の内側で、そっと見ている。
窓は空いているのに誰も見えない。沿道にもほとんど人影がない。
それでも地元の林檎屋さんや洋品店の人たち、
通りすがりの人たちが、手を振ってくれた。
笑顔で応援してくれる人たちがいると、大盛り上がりになる。
レインボーの小旗やプラカードが一斉に踊りだす。
県庁や公安や赤十字の前では、時間をかけて存在をアピールした。
日曜日なので、いるのかいないのかはわからないが、
きっと聞いている人たちはいるのだろう。そしていつか声が届くのだろう。

外国の人たちが、親指でグーをしてくれる。
そんな些細なことが嬉しい、僕も認められている感じがした。
心がいっぱいになり、涙が溢れそうだった。
一番感動した場面は、代表の翔子さんが、
沿道で応援してくれる女性と抱きあって、気持ちを交わした瞬間。感動…。
キラキラしていて、素敵だった。ぐっと涙を堪えた。
青森に来て初めて「大切な活動だ」と言ってくれた人らしい。

後半、通りかかったバスの中で、男性が親指を下にした。
拡声器を通して、「青森には差別があります」と声が上がった。
「Osora ni Niji wo Kake Mashita」には、何度も攻撃があったのだそう。
それでも「ここで生きていること」を発信を続けていることで、
確実に芽吹き始めている。そう感じた。
100人を超えたこと、もうこの勢いは止まらない。
いや止めてはいけないのだと思う。
青森でできたら、全国どこでもできるということ。
来年は何人になるかな。沿道にはもっと大勢の人たちがいるかな。
青森の力になることには、大きな意味がある。来年こそ、ぜひご一緒に!DSC_0279.JPG
posted by いく at 16:32| Comment(0) | +@…陽性者の視点から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

57歳の卒業

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僕には長い間抱えていたキズがあった。大学中退である。
単位を落として、卒業が見込めなくなったとき、
内定が決まっていた会社に報告をしたら、
二部学生であったこともあり、仕事をしながら卒業を目指したらどうかと、勧められた。
条件は一つ、卒業できていないことを口外しないこと。
しかし営業という仕事は、そんな甘いものじゃなかった。
結局半年後、泣く泣く中退を選んだ。
そして僕の心の中に、後ろめたさとして残った。

35年越しで、法政大学を卒業。
一昨年から通信教育で目指していた。
学業から何年も離れていると、感覚が戻らない。
法律学科は文字通り、法律の勉強。用語も内容も難しかった。

学位授与式を、父母席から見ていると、
アリーナにいる学生たちが、輝いて見える。ピッカピカなのだ。
57歳最後の日の僕は、少しだけ気後れをしていた。
23歳の時に迎えていたら、どう感じていたのだろう。
式の最中、僕の心は卒業できた喜びと、
もっと若いときにできたのではないかという問いが交錯。
転職を考えるたびに、「中退」の二文字が僕を苦しめた。
ゲストの庄野真夜さんが祝辞で
「今日が一番若い」と言っていた。そうだ、今が一番若い。
心のわだかまりがスッとなくなり、素直に喜べる感覚になった。
校歌を歌っていたら、ウルウル。声が震え、歌えなくなった。

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翌3月25日は、58歳のバースデー。
横浜でユーミンのライブを見て、余韻に浸る予定が、
入金を忘れていたというポカ。
それでも怒りもせず、非難もせず、
隣にいてくれる相方の存在は、本当にありがたい。
ホテルから目の前の山下公園と氷川丸、そしてみなとみらいの景色を眺める。
横浜の街をテクテク歩いて、レナーズのマラサダや、象の鼻アイスを食べた。
そして夕飯は「蟹風船」で蟹三昧。
半身のズワイガニも堪能できたし、甘〜い蟹の刺身もいただいた。
蟹の和風グラタンは最高に旨かったなぁ。
大満足の一日。

あと10年生きられたら、父が天国に逝った年齢になる。
でもできれば20年は生きたいなぁ。
その間に何ができるか。もう一度考えてみよう。
新たな一歩が始まる。
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posted by いく at 04:50| Comment(0) | ぷらっといく。…日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

今年の正月

昨年の12月26日から1月10日まで、蜂窩織炎(ほうかしきえん)で入院をしていた。
57年間生きてきて、初めて耳にした病名。でも結構よくある病気だそう。
自分がなってみて、周りに話したら、昨年2人の友人がかかっていた。
皮膚にいる黄色ブドウ球菌などが、毛穴や傷口から皮膚に入り込み、炎症を起こす。
常在菌の仕業なので、防ぎようがないのである。

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大晦日から元旦にかけては、主治医の許可をもらって、
予約をしてあった伊豆高原のシャトー・レ・フル―に出かけた。
イギリスの家庭料理を食べさせてくれるペンション。
正月なのに安かった。その料金は良いものをリーズナブルにというオーナー夫婦の心意気。
本当のおもてなしの心にふれることができた。

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食事での奥さんの説明は、まさにエンターテインメント。
ユーモラスで、温かくて、健康情報が満載だ。
70年間の間に培った全てを、惜しみなく披露してくれる。
食事は静かに食べたいという方には向かない。
最初僕も度肝を抜かれたが、その人柄にどんどん惹かれて行った。
イギリス仕込みのスキンシップも心を温めてくれる。
感謝の気持ちを表わそうと、食後奥さんに会いに行く。
よしが急に「僕らはカップルなんですよ」と言う。
間髪入れずに「何がいけないの?」「この日にふたりで来ているのだもの、わかるわよ」
強いハグをして、頬にキスをしてくれる。
着飾らない対応が素敵だった。ふたりとも一気に大ファン。

徒歩で行ける距離だったので、グランイルミにも行った。IMG_0065.JPG
光の絨毯は、見事。全国で5位に選ばれたのがわかる。
宇宙人、さる、パンダ、フラミンゴ…まるで、不思議な動物園だ。
ショータイムには「君の名は」で話題のRADWIMPS「前前前世」が流れた。
紅白歌合戦と、ゆく年くる年を見て、年が明けた。IMG_0073.JPG

6時起きして、初日の出を拝みに行く。IMG_0009.JPG
一昨年とほぼ同じ風景。ちょっぴり懐かしい。
元旦の天候は穏やかだったが、それでもホットココアが胃に沁みた。
今年1年、無事でありますように…入院中ですが…。

朝食には、お節料理が出た。思いがけないおもてなし。
奥さんのふるさと和歌山風のお雑煮をいただく。
さらにイギリスの朝食まで出る。
自家製のハーブにつけたオリーブオイルが最高だった。
もちろん、華やかな解説付き。腹いっぱいだが、もたれない。不思議。

大室山に登る。IMG_0016.JPG
目の前には相模湾、伊豆七島、そしてお正月に輝く富士山。
堪能させてもらう。良いスタートが切れた。

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posted by いく at 02:54| Comment(0) | ぷらっと行く。…旅日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする